わるくない
いま作業場に4つの絵を飾ってあります。
すべて一年以上前に描いたもの。
古いものでは4年前のものもあります。
そのころ描いていたものは、当時はまだ出すタイミングではないと、たいせつにしまっていました。
ひたすらつくっていたけれど、発表はしなかったもの。
いま改めてみると、当時の自分の思っていたのとは逆に、意外と今の自分の思惑に当てはまるような気がします。
いろんなことに手を出しすぎると、許容量をまだわきまえていない場合にもてあまして、中途半端になりがち。だけどセーブしてはいられなかったし、そのときでなければつくらないだろうこともわかっていたので、つくるしかなかった。
いろんなことをやるのが不純なことにも感じられていましたが、それはただ、こなせてないような気がしていただけかも。
目的が定まってなかっただけなのかも。
イメージってだいじだな、とつくづく確認。目標をつくることや、イメージすること。
なんかやってたらできた!ってこともあるけれど。
わるくはない、すごいわけじゃないけど、いいかんじ。
こういう感覚もだいじ。
すべて一年以上前に描いたもの。
古いものでは4年前のものもあります。
そのころ描いていたものは、当時はまだ出すタイミングではないと、たいせつにしまっていました。
ひたすらつくっていたけれど、発表はしなかったもの。
いま改めてみると、当時の自分の思っていたのとは逆に、意外と今の自分の思惑に当てはまるような気がします。
いろんなことに手を出しすぎると、許容量をまだわきまえていない場合にもてあまして、中途半端になりがち。だけどセーブしてはいられなかったし、そのときでなければつくらないだろうこともわかっていたので、つくるしかなかった。
いろんなことをやるのが不純なことにも感じられていましたが、それはただ、こなせてないような気がしていただけかも。
目的が定まってなかっただけなのかも。
イメージってだいじだな、とつくづく確認。目標をつくることや、イメージすること。
なんかやってたらできた!ってこともあるけれど。
わるくはない、すごいわけじゃないけど、いいかんじ。
こういう感覚もだいじ。
ヒッパレ-をもって

ヒッパレーというポラロイドカメラを持っています。
これをもって写真を撮りに出かけました。
きれいに写るわけではなく、すこし馬鹿になっているせいもあってぶれたり赤みがかっていたりしますが、それがいいかんじです。
わたしはこの風景をとった張本人なので、風景をしっているわけですが、この写真だけを見たら、「いつの写真?!」とおもうくらいに、古く感じられます。
なるほど、写真ていうのは実在のものをありのままにとっても、時代や時間をうちけすことができるということでしょうか?カメラの性能の悪さも原因するけれども。
たしかに今撮った写真なのに、その写真だけでみると十年前といっても違和感の無いように感じられるのは不思議です。
poooo
とにかく寝たい。
だれか部屋かたづけて・・・
急に忙しくなってストレスを抱えているのに(そのストレスを理由もわからない人にぶつけてしまい、かってに発散するのが悪いクセ)、深夜番組がおもしろくて、さらに「999」まで見ようとするから寝れません。とくに水曜日。
JAMIN-2のために、岡山に帰ります。初日はちょっと見とかないと。
今日電車でわさわさっとした髪の男の人がいましたが、男の人は短いほうがいいな、とつくづく思いました。
京都は年配のひとでも、街に出かけるときはおしゃれをしていて、それがいいな。
京都人の性格は、あまりすきではないところが多いですが、京都はだからいいのであって、愛されるのであって、納得せざるをえません。
最近気づきましたが、うちのおばあちゃんはおしゃれさんです。
染物や織物をしていただけに、自分の持ち物には敏感なのかもしれません。
おかあさんもそうです。裁縫や織物をします。ちかごろは仕事の関係もあって、フェルトのものにも手を染め始めました。
わたしはというと染物も織物も裁縫もまったくしないし、もともときれいに処理することが苦手な性格なのでむづかしい。当面の課題ではあるので、ここを克服しないとわたしの未来はないような不安があります。でも過去を振り返れば、時間はかかるけどできることなので、なれてないだけなのかも。
怪我がつきまとうのが、こわいところです。
だれか部屋かたづけて・・・
急に忙しくなってストレスを抱えているのに(そのストレスを理由もわからない人にぶつけてしまい、かってに発散するのが悪いクセ)、深夜番組がおもしろくて、さらに「999」まで見ようとするから寝れません。とくに水曜日。
JAMIN-2のために、岡山に帰ります。初日はちょっと見とかないと。
今日電車でわさわさっとした髪の男の人がいましたが、男の人は短いほうがいいな、とつくづく思いました。
京都は年配のひとでも、街に出かけるときはおしゃれをしていて、それがいいな。
京都人の性格は、あまりすきではないところが多いですが、京都はだからいいのであって、愛されるのであって、納得せざるをえません。
最近気づきましたが、うちのおばあちゃんはおしゃれさんです。
染物や織物をしていただけに、自分の持ち物には敏感なのかもしれません。
おかあさんもそうです。裁縫や織物をします。ちかごろは仕事の関係もあって、フェルトのものにも手を染め始めました。
わたしはというと染物も織物も裁縫もまったくしないし、もともときれいに処理することが苦手な性格なのでむづかしい。当面の課題ではあるので、ここを克服しないとわたしの未来はないような不安があります。でも過去を振り返れば、時間はかかるけどできることなので、なれてないだけなのかも。
怪我がつきまとうのが、こわいところです。
出荷
JAMIN−2への出荷、無事完了しました。
もうひとつ、別のところへ出荷するものがあって、朝からいそいで準備していました。
梱包、かなりじょうずになりました。
もうひとつ、別のところへ出荷するものがあって、朝からいそいで準備していました。
梱包、かなりじょうずになりました。
2008*09*01
わたしは今23歳ですが、23に見えないと言われました。
落ち着いてるとか、大人だとか言われるけど、その実まったくそんなことない。
「いつも楽しそう」とか言われていた時期もありましたが、それだってそんなことない。いつも楽しそうなんて言われるのは、スゴク心外で、わたしに言わせれば、それは気を張っていただけのこと。
頭の悪い子に見られていた?それはあながち間違いではないけれど。
そういうのはもう疲れるので、やめました。
気を張って、何も無いようなふりをしているのは。
いやなことはいやだとちゃんと言う事にしました。
さ、九月も始まることだし。
落ち着いてるとか、大人だとか言われるけど、その実まったくそんなことない。
「いつも楽しそう」とか言われていた時期もありましたが、それだってそんなことない。いつも楽しそうなんて言われるのは、スゴク心外で、わたしに言わせれば、それは気を張っていただけのこと。
頭の悪い子に見られていた?それはあながち間違いではないけれど。
そういうのはもう疲れるので、やめました。
気を張って、何も無いようなふりをしているのは。
いやなことはいやだとちゃんと言う事にしました。
さ、九月も始まることだし。
八月の終わり
毎日まいにち、積み重ねて一ヶ月や一年を過ごしていっていますが、表面的に区切りはあってもはたして自分の中に「終わり」なんて、そんな概念ないように感じます。
3年経ったから、って、普通なら終わってるよなんて、そんなねえ、簡単にいきますか?
仕事ができるというのは、区切りをつけられることというのがひとつにあると思います。
仕事うんぬんと関わりがなく、個人としては、区切りがつけられないことというのが割とあります。区切りをつけたほうがいいのか悩むこともあるけれど、どこかで割り切らないとやっていけない場合、そうします。
でも昔の事を思い出してあれこれ考えてしまうのは、ずっと続いてるってことなんでしょうね。
表面的には過ぎたこととしても。
だから、とりあえず8月が終わるんですが、自分の中の問題って、春夏秋冬、抱え続けています。8月も終わるんだから、っていう理由づけもたまにはいいかな。じつは、そんなもんなのかも。
そんなもん、そんなわけない。
3年経ったから、って、普通なら終わってるよなんて、そんなねえ、簡単にいきますか?
仕事ができるというのは、区切りをつけられることというのがひとつにあると思います。
仕事うんぬんと関わりがなく、個人としては、区切りがつけられないことというのが割とあります。区切りをつけたほうがいいのか悩むこともあるけれど、どこかで割り切らないとやっていけない場合、そうします。
でも昔の事を思い出してあれこれ考えてしまうのは、ずっと続いてるってことなんでしょうね。
表面的には過ぎたこととしても。
だから、とりあえず8月が終わるんですが、自分の中の問題って、春夏秋冬、抱え続けています。8月も終わるんだから、っていう理由づけもたまにはいいかな。じつは、そんなもんなのかも。
そんなもん、そんなわけない。

